犬との暮らしで学んだこと

こんにちは。ふるかわゆきです。

私は10歳の頃から13年間ビーグル犬を室内で飼っていました。
名前はランランで女の子です。
このサイト名『Ranpyan's Lamp』の由来はランランをあだ名で"らんぴゃん"と呼んでいたことからです。

今日は犬との暮らしで学んだことを私なりにまとめてみました。
これからペットを飼おうか迷っている方の参考になればと思います。

生き物と暮らす楽しみと幸福感

動物が好きな人にとって生き物と暮らすことで得られるものといえば、一緒に暮らす楽しみと幸福感ではないでしょうか?
私の実家は祖父母も一緒に暮らしていることから7人家族という賑やかな家庭でした。
そして、ランランが家族の一員になってからさらに賑やかさを増しました。

クリスマスや節分、お花見など季節のイベントも一緒に楽しむことができます。
ケータイのフォルダはランランの写真でいっぱいになっていました(笑)

また、楽しい時だけでなく、疲れた時や悲しいことがあった時、静かに寄り添ってくれる家族の一員でもありました。
リビングで学校の宿題をしている時でも、私の足の上に乗っかっていびきをかいて寝ているなんてこともしょっちゅうでした。

お世話の大変さ

やっぱり動物ですので、毎日ご飯やうんちのお世話、お散歩に連れて行くなどの面倒を見る必要があります。

病気もしますし、予防接種のために病院に連れて行かなければなりません。
ランランは肛門腺という部分が破裂してしまったことがあり、完治するまで毎週通院したこともありました。

また、特に犬は猫と違ってかまってあげないと寂しがります。

よく母は、「子供がもう一人増えたようだ」と言っていました。
確かに、私は子育ての大変さをまだ知らないけれど、しゃべることができない動物のお世話をすることと子育ては近いものがあるのかなと思いました。

そういったお世話の大変さがあるからこそペットに対して愛着というものは生まれると思います。

そして、お世話した分だけよくなついてくれます。
私は3人兄弟の中で一番ランランを散歩に連れて行ったりお世話をしていたことから、かなりなついてもらえました。

それは家に帰ってきたときのランランの反応が人によって違ったり、一緒の部屋にいてから席を外した時に寂しがるなどの反応の違いでわかります。

死の悲しみを受け入れること

動物を飼うことで避けて通れないことは、必ず迎える「死」です。
私はランランが死ぬまで、身近な人の「死」というものを経験したことがありませんでした。

人ではないけれど家族として一緒に過ごしてきたことから、いざその日が来た時の悲しみはとても深く、なかなか消えませんでした。

ランランがいなくなってから本当の意味で気持ちの整理がついたのに1年近くはかかったのではないかと思います。
立ち直る期間は人によって異なるとは思います。

ランランが死んだ時、私は実家を出ていたこともあり、その時を見届けることができなかった後悔もありました。
だからこ実家に帰るたびにため息をついて落ち込んでいる自分がいました。

しかしいつまでも落ち込んでいてはいけないと思い、「今までありがとう」という気持ちで過ごすことにしてから悲しみよりも楽しい思い出を懐かしむ余裕が心に生まれました。

まとめ

ペットを飼うことは必ずしも楽しいことばかりではありません。
しかしそれ以上にペットに愛情を注げば注ぐほど返ってくるものは大きくなります。

私は、特に小さいお子さんを持つ親御さんにはぜひペットを飼うことをおススメしたいです。

子供にとっても小さいころペットと過ごした時間は大事な思い出になっています。

個人的な見解ですが、何より子供自身が話すことのできない動物のお世話をすることによって、率先して物事に取り組んだり、相手の気持ちを考えることができるようになる気がします。
ペットを飼うことによって子供が他を思いやる心を育てられるようになるのではないでしょうか。

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ふるかわゆき
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